2017年 05月 22日
イタリアでのエージェンシーを受けて思うこと |
只今、日本に戻る飛行機の中です。(アップはネットの接続ができてからになるので、着陸後ですが!)
アリタリアに乗ってますが、真っ暗な中、イタリア人が映画見ながらいきなり歌ってます。
気持ちよさそうです。
スーパーのレジでお金がうまく入金できかったりすると、必要以上に怒ってたりしますが、全般的には楽しい人たちです。
イタリアで、少しでも歌える機会を増やしたい、というのは、イタリア人のカンタンテたちもそうだろうし、イタリアに集まってきている留学生みんな、そうかと思います。
学校(音楽院)に通っていると、その関係で比較的出演機会がありますが、やはりフリーランスでやっていると自分でなんとかしないといけません。
イタリアでは、街の小さなコンサート、というのは入場無料のものが多くて、というか、こちら来てから、スカラ座でたまにチケット買う、すごく大きな教会のコンサートに行く、といったとき以外はあまりチケットを買うことがないのですが、なんでだろうってずっと思ってたら、税金の処理が面倒だからなんですね。
なので、入場無料にしてしまって、あとは地元のちょっとした大きな会社や関連する親戚のボス??からまとめて払ってもらう。だからコンサートができるかは、後援が見つかるか次第だったり。しかも、いきなり実施が決まることが多すぎるように思います。まぁ一週間前の告知でも、皆そんなに前から予定入れてないから、人は十分に入りますので問題ないのです。(まぁ無料ですし)
それで、先日コンサートを中心に派遣しているらしいエージェンシーのオーディションを受けにジェノバまでわざわざ行ってみましたが、歌う前、挨拶した段階ではっきり言われました。いっぱいイタリア人のカンタンテいるからね〜日本で歌わないのー?
そもそも日本人の私が出ていった段階で、向こうのexpectationが低い、のを感じます。
そこであっと驚いて、あぁ是非使ってみたい、と思われるには、よほどの歌のうまさか、よほどの華やかさか、何かがないといけない。なんだか勝負の舞台の上、入り口にすら乗ってないように感じて、どっと疲れました。
日本人が留学には来たけれど、それで帰る ということが多いのは、仕方がないことなのかもしれません。
そのときは、3人ほど前後に受けていた他のカンタンテたちの様子を見ることができたのですが、イタリア人は面白いですね。まだ歌いきれていない、アジリタ満載の曲を持ってきて、止まりつつなんとか最後までたどり着き、まだ出来上がってないんです、とはっきり言ってたり、別の子は、表現力がいまいちだね、この曲は、と言われたら、初めてこの曲はピアニストとあわせたんです。もし宜しければ楽譜を見ながらもう一回歌ってさしあげますが、いかがでしょう?そしたら、もっと強弱も曲想もつけられると思います、と高らかに言って、さっさともう一度歌いだしたり。
堂々としていてうらやましいです。笑
その時のエージェンシーのおじさんは、そういうの許せないタチだったみたいで、ありえないよ、とだいぶ言ってましたが、まぁ彼女たちがそういう振る舞いをする、ということは、普段(ヨソ)ではそういう態度で許されているということでしょう。歌っているより、自分のことをしゃべっている時間のが長かったりで、どうしてもマネはできないですね。
最後に出てきたのが、ロシア人のがっしりした美女で、この子は何か歌ってくれるんじゃないか!という期待を私も感じたし、多分そのエージェンシーのおじさんも感じていた。
ロシア人の響きの作り方は、イタリア人のそれとも違っていて、テアトロでも、人によっては地響きのように感じるんですよね。先日ルチアを歌いに東京に来ていたオルガちゃんもだし、ロッシーニや最近ではミミも歌うイタリアで活躍中グルジア出身のニーノちゃんも、頭の後頭部がぱかりーーーんと開いていて、それで無理に前に声を運ばないんです。イタリアのメロッキ流のほうがマスケラに乗せるということを意識させるんだけど、後ろの響きだけでも、爆発力があって、テアトロ中にちゃんと響く。鳴り響く。それは、彼女たちの母語であるロシア語に秘密があるそうだけど。
こういう発見は、こちらにきて2年。アメリカとは違う環境で、色んな人を見て、色んな人を聞いて、色んな人からレッスンを受けて、周りの声楽仲間と発声談義したり、として分かってきたことだから、やっぱり発声のことが人様に語れるくらい、自分の中で整理がつくのは時間がかかりますね。
帰りの電車を、海が見えるホームでぼーーと待っていたら、リグリアに別荘のあるスイス人のエージェンシーのおじさん(前も書いた人です)から電話がちょうどかかってきて、ジェノバの近くに今いる、と言ったら、何故先に言わないんだ!さっきまで近くにいたのに!と怒られました。彼は、やはりイタリア人ではないからか、インターナショナルなスイスの人だからか、アジア人でもいいと思ったら使う。イタリア人も使うし、何人でも使いますね。今日のオーディションはどうだったんだ?と根掘り葉掘り聞かれ、最後にche peccato!(残念だ!)と励ましてくれました。
そして言われたのが、君たちアジア人は、なんで”ciao come stai?”とマメに連絡してこないんだね、全然便りがない!
最初知り合った時、やたらLINEが来るので、変な人だなあと思ってたんですが(笑)確かにさっき見たイタリア人たちは、エージェンシーの人でもお友達みたいに関係を築くんだろうな、と。だからはっきりモノ申すし、なんですね。きっと。日本人(アジアにいるアジア人もかな)はどうしても、自分を使ってくれる人、上の立場の人に対して、本音で話すのが苦手ですね。
あと、前イタリア人の子がすごく言っていたのは、自分を気に入ってくれる人は気に入ってくれるものだけど、気に入ってくれなかった人は頑張ったら気に入ってくれるようになる、というものではないから、この人とあわないな、と思ったら、もうそこのエージェンシーでも先生でも、アプローチするのはやめたほうがいい、ということ。
この辺の感覚も、やっぱり我々とは違うな〜て思いますね。日本人は頑張ったら、何か変わるんじゃないか、ってどうしても思っちゃいますね。
by sayakah626
| 2017-05-22 22:59
| 歌について
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